実写版NANAと呼ばれていた頃(私とかわいいあの子の話)

私の愛する青森娘がとうとう結婚するようです。
なんと感慨深い・・・・心の底から嬉しいです。
皆さま、こんにちわ。独身平民なたにもとです。



彼女は10コも年下なのですが、当時神奈川で相当仲良くしていました。
一時期なんかは我が家(私と、当時の相方の住む3LDK)に住んでいましたし。
言葉を知らないおバカな子でしたが、

(分からない言葉があると問うてきて、私が答えると、答えの中に含まれる単語にまた質問がくるレベル)

目配り気配り心配りができて、機転が利いて、空気が読めて、それなのに無邪気に振る舞える愛くるしい子でした。
今もきっとそうであろうと思います。

何故だか本当に毎日一緒にいました。
一緒に住んでいなかった時期でも。
毎日職場で顔を合わせ、話をして、週に一度の休みも不思議と一緒にいました。



当時何故だか盛大にいろいろな殿方から言い寄られていたらしい私ですが(超鈍感)
諦めていく彼らは捨て台詞として周囲に『あいつ絶対レズだよ』などと言っていたそうです(とんでもない弊害)

が。
今ここで書けば書く程、そう思われても仕方ないな、って感じですね。



これ書いてて懐かしさのあまり、当時の日記をちょいちょいと読み返してみたのですけど。





彼女の私への懐きっぷりと、私の彼女への愛情の深さ、ハンパなかった。





これはレズ疑惑生まれるわー無理ないわー
私こんなに愛情深かったのねーおどろきー

もし私に妹がいたらこんな感じだったのかな、とか
もし私に娘がいればこんな想いをしたのかな、とか
そして職場の頼れる同僚として、対等に見て、絶大な信頼を寄せてました。当時の私。

読んでて映像が鮮やかに蘇ってきました。
これ暫く思い出でメシ食えるなあ(変態)



思い出はたくさんたくさんありますが、今のところ毎年年末に思い出すのは。

ある年末、職場が残念な結末を迎えることが決定して、
私たちはふたり共言葉が出ないくらいに心が疲弊していて、
職場に置いていた物を抱えて大荷物で私のうちに帰りました。
あまりの荷物の多さとくたびれ感に、『私たち、家なき子みたい』と言いながら。

そのままゴロゴロと年越しをしていて、彼女はコタツで眠ったのですよね。

私はガキの使いを見ながら晩酌していて、彼女を起こさぬように注意しました。
つまりリアル『笑ってはいけない』を体験しました。

良い年越しでした。



レズ疑惑の際にしっかり否定しなかった、たにもとでした。
まあどうせ他者の言うただの噂なんだから、男好きとか吹聴されるより全然問題ない。
それでは皆さま、ごきげんよう!





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