昭和の生きた化石

毎度おおきに!!角井でございます!!
約1ケ月のごぶさたでございます!!



先月、マツコ・デラックスが出演している番組を見てたら
“衝撃的”な映像に出くわしたのである!!

それは我が青春の想い出の宿『桃岩Y・H(ユースホステル)である。





・・・・38年前の春の事。

私が大学受験に失敗し、勉強漬けの日々から逃避したい気持ちから、
家出同然に自転車で日本一周旅行に出かけたのだが、
約7ケ月半の旅の中で最も強烈な印象が想い出に焼き付いてるのが『桃岩Y・H』なのである!!


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当時は吉田拓郎や松山千春なんかのフォークソングが流行っている時代で、
一人旅や貧乏旅行をする若者が多く、
1泊2食付きで2000円程度で泊まれるY・Hが彼らの定番の宿で、
そのころは全国で500ケ処くらいあった様に記憶している。



しかし、現在ではそういう旅行者の減少に伴いY・Hは100数十ケ処しかなくなったのである。

その理由として、
男・女別の相部屋で、食事の前後の配膳や、食器を洗ったり、フトンを自分でひかなくてはいけない事、夕食後にY・Hで行なわれるほぼ強制参加の『ミーティング』と称する宿泊者(ホステラーという)の親睦会が、
時代とともに若い人達には不評になり、現在のY・Hのほとんどはペンション化してしまい、料金も1泊5~6000円で、当時のおもかげは無くしてしまっているのである。

なので、私も折にふれて、日本一周の事を想い出した時に
『桃岩Y・H』もきっと閉館してしまっているだろうなと思っていたのである・・・・。





が!!!!!!・・・・





北海道のそのまた北の果ての礼文島に有る、短い夏のころのたった3ケ月間しかやってなかった、
元々はニシン番屋(見張り小屋)のボロボロの宿『桃岩Y・H』は健在していたのである!!

しかも送迎やミーティングまでも!!!!!


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北海道の北端
(日本の最北端)

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礼文島
桃岩付近

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礼文島から見た
利尻富士(利尻島)

ちなみに『桃岩Y・H』は、私が旅の間に泊まった宿の中で一番良い宿であった訳ではない



しかし、繰り返すが、最も衝撃を受けた、
印象に残る宿であったのだ!



当時『桃岩Y・H』の食事はカレーだけとかで、Y・Hの中でも下位ランク。
二段ベッドにせんべいブトンに、くみ取り式トイレに、ポリ容器みたいな湯舟の浴室のオンボロ家屋に、ホステラーをぎゅうぎゅうに押し込むタコ部屋の宿だったのだが、

日本に500ケ処くらいあるY・Hの中
『バカ騒ぎY・H』でダントツの1位だったのである。



当時のY・Hでは『ヘルパー』と称する、寝るところと食事だけY・Hから提供してもらって、ホステラーの世話や食事を作ったり、Y・Hの掃除をする数名の若者がたいていは滞在しており、桃岩Y・Hでは、礼文島の港にフェリーが着くと、『ヘルパー』数名が旗を振って



「お帰りなさ~~~い!!」



を絶叫、連呼して出迎え。
現在はやってないと思うが『桃岩Y・H』までの宿泊者の送迎は軽トラの荷台で、
宿に到着すると玄関でまたもやヘルパーがひれ伏しながら



「お帰りなさいませ~~~!!」



を絶叫、連呼するのである。
ヘルパー達は全員、魚河岸のセリのおっちゃんの様な声である・・・・!!


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ちなみに当時、稚内(わっかない)から礼文島へのフェリーでは、
今ではありえないが、大きめの漁船で、甲板にゴツめの板を取り付け、普通車2台くらい乗せ、乗客は船べりをつかんで、約2時間、雨ざらし陽ざらしの状態で波しぶきをかぶりながらの、ほとんど『難民』の船旅であったのである。



そして『桃岩Y・H』の極め付けは食後約2時間の
(19~21時だったと思う)
今風にいうと、





空前絶後!!
超絶怒涛の大ドンチャン騒ぎ!!
のミーティングである。





絶叫、連呼のヘルパーが
『ギンギンギラギラ夕日が沈むぅ~♪♪!!』
『おもちゃのちゃちゃちゃ~~~♪♪!!!!』
絶叫しながら、ホステラー(宿泊者)を巻き込んで踊り狂うのである。



・・・・サンシャイン池崎と、
永野と、くまだまさしに、小島よしお達に、
阪神ファンが加わった様な大バカ騒ぎ!!なのである。



そしてミーティング後、22時には消灯。
夏の北の果ての離島の短い夜はふけて行くのである。


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というわけで、今ではすでに過去の遺物の様に思っていた、
昭和の青春のひとコマが現存していた事に、私はとてつもなく『懐かしさ』が込み上げて来たのであった。



そして私がこの数年間、元気なうちに行きたい所第1位の『富士山頂』は、
あっさりと『桃岩Y・H』と入れ替わってしまったのである!!



・・・・近年の内の夏に『青春18キップ』でも買って、おとずれてみようと思うのある。





おしまい